日時:3月8日(水)17:00〜19:00 場所:東大生研Dw601講義室 講師:村田 勉先生((独) 情報通信研究機構 関西先端研究センター脳情報グループ) タイトル:視覚意識の柔軟性と創発性:マクロレベルダイナミクスとメソレベルメカニズム アブストラクト: 私達の主観的体験を創り出している脳活動のしくみを理解することは自然科学の 大きな課題のひとつであろう。主観的体験に対する定量的研究が可能な例として、私 達が取り組んでいる意識にのぼる「見え」(視覚意識)のダイナミクスに関する研究 を報告する。まず、心理物理学的な現象論として、多義的知覚現象(同じ視覚刺激の 観察において視覚意識が異なる解釈の間を交替する現象)の交替時間分布の解析に よって、脳の離散的確率過程が視覚意識の交替をドライブすることが見いだされた点 を説明する。また、隠し絵知覚現象(初めは無意味なパターンにしか見えないが、観 察を続けるとふいに人の顔などの明確な知覚が得られる現象)が、やはり確率過程 (ランダム過程)を基礎とするアレニウスの式(化学反応速度論)と同形の速度式に従 うことが見いだされたことを説明する。これら視覚意識のマクロダイナミクスに関す る研究は、いずれも脳のランダム性と離散性が現象の基礎にあることを示している。 次に、このような現象論に対応する脳内メカニズムを探るための、非侵襲的脳活動 計測の研究について説明する。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)研究の結果から、視覚 意識の変化は視覚野(後頭葉、側頭葉)のみならず前頭葉、頭頂葉にわたる脳の広域 的ネットワークが関与していると思われること、MEG(脳磁界計測法)研究から、こ のネットワーク上では脳活動のシンクロの生成消滅過程が見られることなどを説明す る。最後に総括として、複雑系としての脳はその活動の膨大な自由度によるところの ランダム性と、一旦意味のある解が得られればシンクロなどの現象により自由度を低 減させてある種の離散状態を取りうる性質との両面を持ち、それらをともに活用する ことによって、柔軟で安定した意識的体験を創り出しているのではないか、という可 能性を議論したい。