日時:11月9日(水)13:00〜15:00 場所:東大生研Dw601講義室 講師:青野真士先生(理学博士,理化学研究所フロンティア研究システム局所時空間機能研究チーム研究員) タイトル:真性粘菌の光学的フィードバック制御に基づくニューロコンピュータ      における動的連想記憶 アブストラクト: 分子スケールの素子(例えばタンパク質等)の集団的相互作用に基づく大規模並列 計算の可能性が認識されている中で、興奮性・振動性をもつ化学的あるいは生物 学的媒体における時空間的振舞い(例えば化学波の伝播パターン等)をフィード バック制御する方法論が、近年活発に研究されている。こうした研究は、生物系 の実行している柔軟で創造的な情報処理原理の究明や、従来とは異なる素材を用 いた革新的な情報処理デバイスの開発に、重要な手掛かりを与えるものとして期 待されている。我々が媒体として採用した単細胞アメーバ生物・真性粘菌変形体 (以下、粘菌)は、主に一枚の細胞膜とその中を流動する原形質のみからなる極め て単純な構造をしているにも関わらず、高度な情報処理能力(例えば二つの餌の 間の最短経路を結ぶ形状をとることで迷路を解く)を示す非常に興味深い研究対 象である。メカニズムの詳細には未解明の点も多いが、こうした機能的な振舞い は、細胞膜を形成するアクチン繊維の集団が周期的に収縮・弛緩振動する事で生 じる位相波が、外部刺激に関する情報を体全体に伝播する事と関係して実現する ものと見られている。したがって粘菌は結合振動子系としてモデル化されること も多く、そうした枠組みのもとで実行され得る機能的な情報処理を理解するため の格好のモデル生物である。一方、粘菌は嫌光性(負の走光性)をもっており、光 刺激によりリアルタイムにフィードバックを与える事で、行動の制御あるいはダ イナミクスの探査が可能であるという利点もある。 我々は、光学的フィードバックにホップフィールド型ニューラルネットワークの アルゴリズムを組み込むことにより、粘菌を計算媒体とする連想記憶デバイスを 構築した。システムの状態は、複数の枝部(各々がニューロンに対応)をもつパ ターニングされた構造中に収容された、粘菌の二次元形状で表現される。入力状 態に対応する形状に配置された粘菌は、フィードバックにより、予め用意された 複数の記憶形状のうちの適当な一つへと変形するように誘導される。 一つの記 憶を定常状態として表現するホップフィールドのアルゴリズムに基づくフィード バックは、粘菌が光刺激への嫌光応答(光照射から逃避する)を示し続け、した がって一度到達した記憶形状のまま変形しないように仕向ける。ところが興味深 い事に、粘菌は一度想起した記憶形状を安定的に長期間持続した後、嫌光性にも 関わらず自発的に光照射領域に侵入していくことでこれを不安定化し、次なる記 憶形状の探索を開始する。記憶形状の安定化と不安定化が交互に反復されること で、結果的に複数の記憶が連続的に想起される。一般的に、こうした動的連想記 憶を実現するダイナミクスは、相反する二つのモード、すなわち、記憶を想起・ 持続するための安定化モードと、記憶の永続的持続を回避するための不安定化 モードを、両者の効率を下げずに両立する必要がある。我々のシステムにおいて は、粘菌の光刺激への嫌光応答が一時的・局所的に無効化されることで、安定化 モードが不安定化モードへと自発的にスイッチする。このような刺激応答の時空 間的な変化が如何にして可能となるのかを探るため、我々は厚み振動の時空間パ ターンを、画像解析の手法により分析した。 その結果、局所的逆位相領域の自発的生成と空間移動、大域的位相波伝播パター ンの自発的遷移といった現象が見出され、こうした振舞いが刺激応答の時空間的 変化に密接に関与している可能性が示唆された。